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みんなの「任侠」ブログ


組長襲名なうw

2013/11/04 13:10
今日友達と話していて、ハナシの流れから、
昔ウチにいた若い衆たちとFBなどで繋がっているか?
と質問された。

答えから言うと繋がっていない。まぁフツーに考えて
当時うちにいた若い衆たちも今はいい年だ。ケータイで
メールくらいはやってるだろうが、FBとかTWITTERは
やってないだろう。 たぶん。。 

モチロン俺も含めて、親がヤクザって人たちは大抵が
フツーにBLOGなりFBなりTWITTERなりをやっているだろう。
実際、知り合いのヤクザの子供たちもほとんど皆やっている。
当然ながら彼らの話題は組のことではないが。

自分がヤクザという人たちも若い世代はフツーにやっているハズだ。
でもやはり話題は自分の趣味のことであったり友達や家族と繋がるため
だったりで、組の話題には触れていない&自分が組関係と言うことも
公表していない人がほとんどだと思う。

時々元ヤクザという人が昔の現役時代のことなどを書いてBLOGを
やったりしているから(そういう意味では俺のこのBLOGも似たような
モンかw)ウチにいた若い衆たちも絶対にやっていないとは言い切れ
ないが。

まぁでも、皆さんにとってもそうだろうが、俺の中ではヤクザが
BLOGやTWITTERに文章や写真をUPしている姿は、当時ウチに
いた若い衆たちや中学時代に世話になった組の人たちのことを
思うと、どうもイメージにあわない。

実際、当時のウチの若い衆たちからFBのフレンドリクエストが
来たことはない。

それにまさか彼らが”組長襲名なう”とか”カシラ(若頭=組の#2のこと)の
仮出所キタ━━━(゚∀゚).━━━!!!”とか書かないだろう。。




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組関係者の死

2013/09/10 03:57
この1年程で、昔の知り合いの組関係の人が3人も亡くなって
しまったことがこの週末実家に電話をしてわかった。3人とも
もういい年とは言え、そんな立て続けに3人も逝ってしまう
なんてショックだ。お陰で昨日は一日中なんか何もヤル気
出なかったし、昨日の夜も30分おきくらいに何度も目が覚め
ほとんど眠れなかった。

今日も朝からなんか凹んだ気分だ。まぁ月曜の朝というのも
あるがw つか昨日からずっとなんか凹んだ気持ちだった理由が
コレっていうのはついさっき思い当たったんだけど。特に何か
イヤなことがあったワケでもないのに、こんなダウンな気分が
続くなんておかしいなあと思っていたのだ。続くと言っても
まだ24時間も経っていないが、イヤなことがあってもスグ
忘れる(2時間くらいで)俺にしては珍しいし、特にイヤな
こともなかったので原因が思い当たらず、余計にモヤモヤ
していた。平日の昼間オフィスの休憩時間にこんなブログを
書いていること自体、よっぽどのことだ。普段家ですら
滅多に書かないし会社ではブログの存在も忘れているのに。

原因がわかっただけでだいぶスッキリしたがやっぱ気分は重い。
そこまで親しく絡みがあったワケでもないのに、なんでこんな
気分になっているのか、自分でも不思議だがたぶん原因は

皆もう若くはないとは言え、というか逆に母と同世代の人たち
ばかりなので、いつかはそういう日が来るんだろうなと思って
しまったこと。今は嫁もいないし、俺が知ってる限り子供も
いないはずだ。一人っ子だし父は小学生の頃に他界したので
母がいなくなったらマヂ1人だ。かと言って今更3回目の結婚
するのも面倒だし、子供もいらん。女と同棲位ならいいけど。

それ以外にも今回死を知った3人とも少なくとも約1年〜半年
くらい前に亡くなっているのに俺にはついこの週末に知らせ
られたこともモヤモヤの原因かもしれない。今は暴対法や
暴排条例などもあり、昔ほどハデなことは出来ないし、俺も
実家も亡くなった人々ももう現役の渡世の人間ではないので、
当たり前とも言えるが、組関係の人たちがいなくなりその連絡
さえもロクに来なくなることによって俺の居場所がドンドン
なくなって行く気がする。特に日本の生活に全然馴染め
なかった俺に取って、唯一の日本との繋がりはヤクザの世界だ。
ここになら確かに俺はいたといえる。組との繋がりが弱まり
この人たちと共に俺の存在も薄くなって行く気がするのが
イヤなのかもしれない。


と、ここまでさっき会社でケータイからUPしたけど、今家に帰って
追加を書こうと思う。普段ケータイでBLOG UPしないのと
一応仕事中だったので、内容忘れないうちに急いでUPしようと
思っていたので、書き忘れていたこともあった。なので今、追加。

んで、↑で書いた亡くなった3人に関して言えば、皆それぞれ
立場は違えど、現役時代は皆カナリのところまで上り詰めた
人たちで、、もちろんいいことばっかぢゃなかっただろうけど、
それに生き物は誰でもいつかは死ぬけど、なんか死と彼らが
結びつかなかったというか。。モチロン不死身とは思ってなかった
が、やっぱり死とかは似合わない人たちだったから余計に
ショックだったのかも。

それとこの3人の死を知ったら、ますます、以前もBLOGに
書いた死ぬまで会いたい人たちに会わないといけない、せめて
会えるようになにか行動を起こさなければいけない、と改めて
強く思ったんだけど、今の俺にはまだスグには行動に起こせ
そうもなく、まぁできることはあるんだけど、それでもまだ気持ち
的にも準備ができてる状態ぢゃないというのもあり、まぁズボラで
臆病なだけかも知れないけど。。そんなで気持ちばかり焦ると
いうのもあり、あんまテンションってなかったのかも。

つか、今はもう全然フツーなんだけどw 

あと、さっきは女と同棲くらいならしてもいいって書いたけど、
やっぱヤダw ただ付き合ってるだけでいーや。別々の家で。
同じ家だったとしたら超広いところで間に3〜5部屋離れて
いたらいいかな。一番いいのは、同じアパート(日本でいう
マンション)の別のフロアとかが1番いいかな。 それも一応
追加で言っておくwww


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映画「冬の華」

2013/09/01 11:58
FBで繋がってる人はあっちで俺がUPしたヤツを見たかもだが、
こっちにも書いておく。あっちでは詳しいことは書いてないので。

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これは母がお気に入りの映画だ。母は映画公開時に観て気に
入っていたらしく、TVで放送された時に観ようと思っていたらしい。

覚えているのは、母とチャンネル争いをして珍しく俺が負けムリヤリ
観させられたのだ。以前も書いたが俺は子供の頃からあまりTVと
いうモノを観なかった。なのでなんでチャンネル争いになったのかも
わからんし、たまにチャンネル争いになっても大抵俺が観たいモノを
観せて貰っていたので、なんで負けてコレを観るハメになったのかも
覚えていない。

もともと父も母も曾祖母もそんなに任侠映画のファンというわけでは
なかったし、俺も子供時代に任侠映画はほとんどみたことがない。
なのでコレが俺に取って最初の任侠侠映画&母と一緒に観た子供用
アニメ以外の最初の映画だと記憶している。

その頃父はもう他界していたが、まだ若い衆たちは実家に住んで
いたので、チャンネル争いで母に負けた俺はまず曾祖母の部屋に
行ってみたが、曾祖母の部屋でも同じ映画がかかっていて、また
若い衆たちの部屋でも皆コレを観ていたので、諦めて母がいる
リビングのTVの前に戻った。

詳しいSTORYはあまり覚えていなかったのだが、母に「とにかく
いい映画だから観ておきなさい」と言われ、イヤイヤ観てみたら、
意外といい映画だったというのは覚えている。俺の予想していた
切った張ったの任侠映画ともなんとなく違っていたし、子供心にも
なんだかいろいろ意味がある映画に思えた。

そんで、今年の2月にタイに行く直前にこの映画のDVDをNETで
見つけて懐かしくて早速購入した。高倉健の映画だが、マイナー
らしく、今までも何度かこっちのレンタル屋や無料動画サイトなどで
探したが見つからなかった。でもたまたまNETでゲットできたので
実は今年の2月タイに行く時にコッソリ持って行った。母を驚かそう
と思ったのだ。そんで一緒に観ようと。んで、持って行って驚かす
まではよかったが、「一緒に観よう」と言ってて、ナニゲに時間が
なく(1ヶ月もいたのに!!)結局俺が持って帰って来てしまった。
母に渡してもよかったが俺としてはこの映画はどうしても一緒に
観たかったので。

んで、来年2月のタイで一緒に観るつもりで、NYに戻ってからも
1人で観ることはなかったが、おとといのBLOGにも書いたように
最近また自分の小説を読み返したりイロイロ当時の任侠WORLDに
思いを馳せることが多いので、コレも観てみることにした。

そしたら、やっぱりよかった!

そんで、子供だった当時にはわからなかったいろんな意味がこの
映画には隠されてる気がした。

以下ちょっとネタバレ(感想文とかは大嫌いなのでマヂちょっとだけ)
だけど、どういうところがそうだったから少しだけ書く。

        

抗争や引退を考えていた親分が殺された時の周りの騒がしさや
あわただしさなんかはすっごくリアルだったと思う。あと皆が乗ってる
車やファッションや髪型も俺が子供の頃周りにいた人たちっぽい。

カタギの人にはわかりにくい渡世の義理とやらで人を殺したり
そんで何年も服役したり、などもそういう世界を美化している
ワケではなく、そこで育った俺には彼らの論理というか思考回路や
行動もわかる気がするのだ。それが一般的な今のモノサシで
正しいか間違ってるかは別として。

そういう一般には通用しない考え方があっちではまかり通っている
というか。そっちのがむしろ正しいみたいな。俺も自然とそういう
感覚が身についてしまったのか、一般の人たちの中にいると
その人たちの態度や反応に「フツーそういうことしねえだろ、
こうだろ!!」と思うことが多々あり、物心ついた頃から今に至る
までイラっとすることも多いが、それはそういうことだったのかも
知れないなどと思ったり。

また、親分の1人息子でカタギの仕事についてる人が、親分が
殺されて復讐に燃え、周りにとめられるところとか。んで、息子の
計画を知った主人公が「あの人は親分の息子とは言えカタギの人だ。
この件(復讐)はシロウトには関係ねえ」と弟分に言うところとか。
この辺は今思うと、母が俺に1番見せたかったシーンぢゃないだろうか。

冒頭で出てくる風車は、この映画の細かいSTORYは忘れてしまっても
俺の記憶に強く残り、その後中学に入って世話になることになった実家
とは別の組の人で、息子のようにかわいがってくれた人とも風車絡みの
出来事があったこともあり、風車=任侠の世界を思い出させるモノに
俺の中ではなってしまった。あ、ふうしゃ、ぢゃなくてかざぐるまねw

なので、以前、俺が背中1面に和彫りを入れた時も、実はメインになる
般若の周りに風車を入れてくれるように頼み図案も起こして貰った。
でもやっぱ伝統的な組み合わせのがいいかと思い直し、結局風車は
止めてもみじにして貰ったのだが。

以上、ネタバレ終わり。

話それるけど、実はその時に俺の中には、般若、風車、そしてアフリカの
貝(よくアフリカやカリブみやげのブレスレットやネックレスなどにくっついてる
白い楕円みたいな貝)をサクラのように般若の周りに散らして貰おうと思って
いたのだ。やっぱ俺が黒人なのは(クォーターとはいえ)俺の中ではシカト
できない要素だし、今度もそれは変わることない。自分を日本人と思った
ことがないといつも言ってて、それは本当なんだけど、もしヤクザの世界が
すごく日本的なモノであるというのなら、やっぱり自分は日本人でもあると
自然に思える。和彫りはせっかく日本の血が3/4も入っているのに全然
日本人と思えない自分に対してせめてもの日本の家族との繋がりという
意味で入れたワケだが、(俺に取っては日本の家族=任侠界の人間、と
いう認識なので)黒人的(=アフリカ)な要素も入れたかったのだ。でも
彫師の先生が和彫りのこの図柄(アフリカの貝)はありえないと言ったので、
どうせなら本格的にと思い入れなかった。アフリカの貝も入らないなら
風車もいいや!と思ったというのもある。

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とにかくいろんな意味で考えさせられた。皆さんもチャンスがあれば
是非観てみてください 俺も来年のタイ行きにはまた
持って行って今度こそ必ず母と一緒に観ます。




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任侠道!

2013/08/30 09:33
なんていうタイトルにしたが、別にあんま意味はナイ。
つかメッチャ久々なんでスイマセン。。せっかくちょっとは
このBLOG楽しみにしてくれてる人もいたのに、今では
きっと忘れられてるハズ!!

でもこれからまたちょっとずつだがUPしてくつもり。

俺のほうは元気でやっています。相変わらず、仕事、
食べ歩き、海、セネガル、タイ、沖縄、ヤクザ。。な毎日デスw

特に変わったこともナシ。

しいて言えばラマダンも無事終わり、セネガル人に戻る
リハビリにますます拍車がかかっている。でも時々ふと
日本の任侠界のことを思い出して懐かしい想いに浸ったり。。

それでかどうか、最近、超久々に俺が高1の時に書いた
小説(一応任侠モノ)を読み直した。前にもここにLINKを
何度か貼ったのでもう貼らないけど。つか、LINK自体は
このBLOGの横にあるので気になる人はどうぞ。実話を
元にした自伝的STORYっす。

BGMに普段は聴かない静かなPIANO曲などをYOU TUBE
からダウンロードして、それを掛けながら読んだらけっこう
入り込んだ。自分で書いたモノなのにwww

主人公の性別も地域も出てくる組の規模や形態も、事件が
起きた時の年齢や季節も全部変えてあるのに、なぜかSTORYが
目の前で起こってるOR映画を観てるみたいにクリアに浮かんで
きた。

不思議

そんなカンジで最近また昔の実家の組のことなどを思い出したり
している。現実的には今更俺が絡んで行くことはナイと言い切れる
けど。思い出すだけなら自由だからな 

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今日は旅行記ぢゃないよw

2013/03/27 09:39
最近、取り憑かれたようにマレーシア旅行記をUP
しているが、今日は旅行記UPのお知らせではない。

ま、それに関連してるけど。

職場の人に俺のマレーシア旅行記が載ってるサイトの
アドレスを教えようとして、サイトの名前やアドレスを
覚えてないので、ちょうど俺のこのBLOGからLINK
されてることを思い出した。でも、実はこの自分の
BLOGアドレスもロクに覚えていない。。

仕方がないので検索をかけたが、そのキーワードが
「ヤクザ」「息子」「ニューヨーク」だったw 自分のBLOG
検索するのにこのキーワードってど〜よ、と我ながら
おかしくなった。でもちゃんと無事出てきた〜 
1番ではなかったが(2ページ目)。。 ってか、他にも
意外とこのキーワードでヒットするBLOGがあってビックリだw

意外とNYはヤクザの息子の宝庫?! www


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ヤクザな夢

2012/07/16 12:54
今朝、夢を見た。

変だけど、ちょ→リアルな夢で、目が覚めてからも
しばらくは逆にリアルライフのほうがウソみたいに
カンジられたくらいだ。

夢の中で俺は実家にいた。組を正式に継いでいた
のかは定かではないが、先代の息子としてカナリ
どっぷり実家の稼業に入り込んでいるようだった。

実家もまだバリバリに任侠の家で、行儀見習い(部屋住み)
の若い衆もいたし、母も現役姐だったが、父や曾祖母は
もういないようだった。俺にはなんだか知らんが女が2人いて、
どうもカンジ的に1人は昔からいる同世代の世話好きな本妻で
もう1人は最近お気に入りらしいキャバクラのねえちゃんバリの
外見の若い女だった。子供はいなかった。

どうも俺は本妻は実家に置いて自分はどこか他の場所に
住んでいて時々実家に帰るような生活をしているようだった。
その時はそのキャバクラねえちゃんも一緒に連れて久しぶりに
実家に帰っていた。

ちょうどその時、よその組から抗争を仕掛けられるのだが、
俺は事前に他から聴いてそのことを知っていて、なおかつ、
本来の目的は俺ではない、と知り、母や本妻は若い衆たちを
盾にして、自分だけ助かる、というモノだ。

しかも廊下に敵が現れるのを見届けると、何も知らない母や
妻が「そんなところで何やってるの?」と言うのを「ウルサイ!
向こう行ってろ」と追い払い、自分だけ風呂場のフロ桶の中に
入って中からフタを閉めて隠れた。そして銃撃戦が終わった頃に
出て行って無傷で残った若い衆たちに、自分だけが事前に
知っていて隠れていたとは悟られないよう、「救急車呼んだのか?」
とか「皆の怪我の具合は?」とか「弁護士に連絡したか?」とか
「サツへの事情聴取は誰が行くことにするか?」とかを確認し、
”こんな時にこんなにキビキビ対応できるなんて、やっぱこっちの
道に進んで正解だったな!”などと1人ニヤついていた。

その後、弾が当たり母と一緒に救急車で運ばれたはずの妻が
怪我はしていたが家にいて「アンタのお気に入りのあの女の子を
守ろうと思ったのに、とっくに1人で逃げていなかった」と言って
きた。ちなみにここに出てきた妻は俺の前の妻たちではない。
実際の知り合いではあるが。1人逃げたキャバ嬢風の女の子は
実際には全然知らない人だった。

しかもその後、若い衆の1人に「誰か死んだヤツは?」と聴いたら
「誰もいない」と聴かされ、なぜかガッカリする、という意味のワカラン
夢だった。。w 

その後、1回目が覚めるのだが、「あ〜、メッチャリアルな夢
だったな〜」と思っていたら、また眠ってしまい、今度はタイに
場所を移し、やはり抗争に巻き込まれるというモノだった。今度は
タイの友人の家の隣の使っていない家を借りて滞在するのだが、
そこで日本から追って来たヨソの組の連中に襲われる。やはり
そこでも俺はその家の中の家具の隙間に隠れていて、うまく
敵をやり過ごす。そのうちケーサツが来て、敵は捕まり俺は
安全になる。なぜかその後、タイ人の友達一家を相手に
タイ語の練習をするのだが、まったく通じない。

というのが第2部だ。

どっちも実家の抗争絡みだが、記憶にある限り、今まで
1度も組関係の夢は見たことがない。モチロン実家や母、
若い衆が出てくる夢は見たことがあるが、内容はフツーの
もので組が絡んだハナシではなかった。なのでなんで今更
こんな夢を見るのがマヂで不思議だ。

あ〜、でもなんかその場の緊迫感や空気、家族や若い衆たちとの
やり取りなどがマヂリアルで、やっぱりこういう道に進んでいた
ほうが俺にはあってたのではないか?!と一瞬だけど、思わせ
られた。実際にはそんなワケねーけど!

でもなんか気になるので、あとで家に電話してみよ〜。。


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花火が目に入る!!

2012/07/02 12:47
日本の家族が夏には組をあげて屋形船を
借り切って花火大会見物をしていたという
ハナシは以前書いた。それには俺は呼ばれた
ことはなく、いつも若い衆家族とともに留守番
だったということも書いた。

大きな花火大会には呼ばれたことはなかったが、
物心ついた頃から、家の裏の俺たち近所の子供たちの
遊び場になっていた道路で、手持ち花火や個人でやる
打ち上げ花火は夏には必ずやっていた。子供の頃だけ
でなく、大学生になりNYに住むようになってからも
夏に日本に行けば必ず、高校時代の友達たちと
手持ち花火をやった。ってか真冬でもやったかもww 

でも子供の頃はいつも夏ONLYのイベントだった。
今日は花火だという日は、夜、暗くなると近所の
子供らや大人たちも続々と道路に集まり始める。
母の学生時代の友人の実家が地元で有名な
花火の問屋街にある花火卸売り店だったことも
あり、毎年夏になるとそこから大量の花火が届け
られた。その他にもその日花火をやると聞いて、
近所に住む若い衆たちが買って来てくれたり、近所の
人たちが買って来た花火もあわせると、ひと夏みんなで
楽しむには充分な量になった。

夕飯もそこそこに皆が集まり、せっかくフロに入って
サッパリしたはずなのに、外の暑さと人の多さと興奮で
また汗をかきながらも花火に火を点ける。電柱の光や
近所の家の窓からもれる光はあるものの、真っ暗な中で
花火の火だけが友達や若い衆たちの顔を照らすと、いつも
見慣れたはずの彼らの顔が暗いところで見るとなんだか
違う人にも見え、不思議なカンジがした。

手持ち花火の火薬の匂いと終わった時に水の
入ったバケツにつけた時のジュッという音は今でも
容易に思い出すことができる。

一通り手持ち花火が終わると、今度は小型の
打ち上げ花火の出番だ。打ち上げと言っても
小型なので、下町の住宅街の入り組んだ路上でも
できるような規模のモノだ。路上と言っても
裏通りなので夜はモチロン、昼間でも車は滅多に
通らない。路地とまでは行かないが、まぁそれに
近いような道だ。

あれは幼稚園の頃だったと思う。いつものように
若い衆が道路の真ん中に花火の筒を置いて
火を点ける。皆は大人たちの指示で少し離れた
ところに移動してそれを見守る。俺はヘタレだった
ので、誰よりも離れたところに行って見ていた。

花火が火を吹き上げて、皆と一緒に歓声を
あげながら見て、それが終わったと思った時、
左目に激痛というか熱い衝撃が走った。何が
起こったかわからなかったがとにかく痛みと
驚きで大声で騒いだ。

スグに若い衆たちが駆けつけてきて、母と
父も側に来たのが声でわかった。一緒に花火を
見ていた近所の子供らや大人たちもビックリして
集まって来たようだ。

若い衆たちが口々に大声で怒鳴りながら、俺を
乱暴に担ぎ上げたのがわかった。花火の火薬の
燃えカスが目に入ったらしいというようなことを
言っていた。それまでそんなふうに乱暴に抱き
上げられたりしたことがなかったのと、耳元での
彼らの怒号に怖くなり、目の痛みと重なってぎゃあ
ぎゃあ泣き叫んだ。実際は痛さや怖さより「こうなる
のがイヤだから誰よりも1番遠くにいたのに、なんで
よりによって俺が!!」と納得が行かなかったからだw

次の瞬間、父の「こすったらダメだぞ」という声が
耳元で聴こえ、自分が父の手に渡ったことが
わかった。父は俺を抱きかかえたまま走りだした。
母や何人かの若い衆たちも一緒に走っている
のが声でわかった。

そのあと覚えているのは、若い衆たちが真っ暗な
中、近所だが1度も行ったことのない目医者のドアを
叩いていたことと、ドクターが時間外なのに診てくれ、
暗い診察室に通されたこと、その後あっという間に
痛みは引き、ケロっとして、でも特別に自分で歩かず
相変わらず父に抱かれて家に帰ったことをおぼろげに
覚えている。

その後のことは全く覚えていないのに、その時のこと
だけは、あまりに詳しく覚えているので、もしかしたら
幼稚園ではなく、もっと大きい時にことかも知れないが
それでは時期が合わないのと、いくらへタレとは言え
サスガに小学生になってそんなに泣き叫んだりは
した記憶はないので、たぶんやっぱり幼稚園の時
だったのだろう。まぁ母に聞いてみればハッキリする
だろうが。

その後も懲りることなく、毎年同じように近所の
子供たちと花火を楽しんでいた。でも父が他界し、
若い衆たちもウチからいなくなり、俺も他の子供らも
成長して、いつのまにか近所の人たちや若い衆たち
との裏の道路での花火はやらなくなってしまった。

でもその時学んだことはいまだに忘れない。
「どんなに安全地帯にいると思っても絶対安全な
場所なんてナイし、ヤられる時はヤられる」
という
ことだ。

つか、今回このBLOGを書くために、ちょっと
検索してみたら、意外にもけっこう花火の燃えカスが
目に入ったことがある人がいて、ビックリ。しかも
ほとんど皆、大事に至らずに済んでいる。今まで
ずっと「俺はすげ〜経験した!!」と思っていたが、
世間では意外とポピュラーなことらしい。


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ヤクザ式☆漢字練習法

2012/06/28 13:55
人生の4分の3以上をアメリカで過ごしているにしては、
俺は日本語が上手いほうだ。俺の日本語だけを聞いて
いたら、フツーに日本で生まれ育ち、ついこないだアメリカに
来たばかり、と言っても通用すると思う。たぶん。

むしろ外見だけで判断したら、おそらく日本から来たてで
VISAのためだけに英語学校に籍を置き、ただNYでフラフラ
している若者に見られても不思議ではないカンジだ。

日本語に関しては、モチロン上には上がいて、生まれた時から
ずっと日本国外にいるのに俺よりずっと上手くキレイな日本語を
使う人もたくさんいる。当然、現地の言葉もネイティブだ。でも、
俺もそんな人たちには及ばないが、まぁまぁいい線で日本語を話し、
読むと思う。書くのはイマイチ苦手だが。。

実はハワイの学校から日本の学校に入った時も、日本で生まれ
育ってずっと日本の学校に通っているクラスメートたちの大部分
より、日本語の単語も知っていたし、漢字を読むことができた。
書くのはあまり得意ではなかったが、それでも同じ学年の
子供たちと比べて特別落ちこぼれているということはなかった。

その後、日本の中学・高校に進んでも、交友関係は学校以外の
在日外国人の英語を話す友達がメインだったり、毎年夏はずっと
ハワイの祖父母のところで英語だけを使って過ごしていたが、
日本の学校のクラスメートよりも漢字や日本語の単語の意味は
知っていた。

しゃべるほうは、根がおしゃべりなのと、日本の実家では人の
出入りが多く、しかも大人ばかりだったのでその会話を聞いて
なおかつ口も出して育ったから得意なのはともかく、漢字は
練習しなければできるようにはならない。そのせいか漢字は
アメリカでも毎日練習させられた。どんなに忙しく疲れている
日でも必ず。

ただ、俺の場合、駐在などの親の仕事の都合でアメリカにいる
わけではなく、実家の抗争やガサ入れなど組関係の事情で
アメリカ(ハワイ)の祖父母の家に行っていたので、普通の
駐在で来ている家庭のように、3年、5年などとまとまった期間
滞在していたワケではないので補習校にも行かず、当時は
今たくさんあるような塾や通信教育や教材の取り寄せなども
盛んではなかったし、日系の本屋も今ほど多くはなかった。
それでも大抵が出発前にあわてて、教材の1冊や2冊持って
来たり、あとで若い衆から送ってもらったりするのだが、ある時は
ゴタゴタでどっちもできない時があった。

そこで困った母が考え出したのが、組員名簿だ。組員名簿は
いつもそばにあったらしいw

「OO一家OX組 若頭補佐 鈴木太郎」 などと母が淡々と
読み上げ、俺は漢字練習帳にそれをモクモクと書いて行く。

人の名前なので小学校低学年の俺にはカナリ難しい漢字も
多数含まれていたが、母はそんなことはお構いナシでドンドン
読んで行く。中には変わった名前の人もいて、カナリ苦労した。
それを毎日何度も何度も繰り返したお陰でとうとう全く間違える
ことなく全組員の名前と役職を漢字で書けるようになった。
今でも当時のウチの組と系列の組の人たちのフルネームと
役職はソラで言えるww

お陰で幸か不幸か、日本の学校に行ってからも、クラスメートの
名前で普通の子供が読めないような名前でもスラスラ読めて
随分驚かれものだ。

実際、書くのは今でもあまり得意ではないが、バクチ打ちの
血筋特有の勘の良さも手伝ってか(ウソw ホントは全然
勘は良くないです、、w)、ローマ字入力で入れて変換した時に
出てくる漢字を見ると、なんとなくコレだ!というのがわかる。
なのでこのBLOGも日本語で難なく書けている。それも当時
苦労して組員名簿で漢字を練習したせいかもしれない。

溺れる者はワラをも掴む、というが、これも立派な漢字練習法だ。


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組名入り半纏

2012/05/23 12:36
こないだの週末は俺の日本の地元の近くで毎年
行われているデカイ祭りの日だった。毎年と言っても
去年は震災の直後だったため自粛され、2年ぶりの
開催ということだった。

が!!

去年の秋に最後に残っていた沖縄県と東京都での
暴力団排除条例が施行された影響で、なんと組名入り
半纏(はんてん)での神輿(みこし)担ぎは禁止とは
いかないまでも、やめて欲しいという通達が出された
らしい。。

理由は集団で組名入りの半纏を着て練り歩くことで
(時にはイレズミを見せびらかしながら)カタギの人々を
威嚇する恐れがあるからだって!

つか、マヂで?ってカンジ。なんで今更。祭りに参加
している神輿の会の中には組がそのまんま神輿の
会になっているところもあるし、地元のヤクザが神輿
担ぐのなんて、今に始まったことぢゃなく、この祭りの
歴史と同じくらい長く当たり前に続いて来たことぢゃー
ないのか?!

俺の実家はこの祭りのあるところからそんなに遠くは
ナイが、ガチで地元というワケではないのでウチの
組は神輿の会は持っていないから直接関係はないけど、
いつかこの祭りの時期に日本に行ってウチの実家の
組の半纏で神輿が担ぎたい、というささやかな夢を
持っていた俺にはけっこうショックな知らせだった。

まぁそれもこれも、節度(←俺からこんな言葉が出る
なんてww)をわきまえず、ハメをはずしちゃうバカ組員が
いるからなんだろうけど。。

でもそれにしても、そんなのは大勢いる中のホントに
ごく一部だし、カタギの人を威嚇する、と言ったって
組名入りの半纏やイレズミを見せたスタイルで神輿を
担ぐ様子もこの祭りの特徴として楽しみにしている
人のほうがはるかに多いと思うんだが。。

担ぐ側にしたって普段は絶対に一般の人に見せることの
ない全身のイレズミや組名入りの半纏を堂々と着れる
唯一の日がこの祭りの時なのに、なんだかイヤ〜な
世の中になったモンだ。

自分でもBLOG持ってたことは半分忘れちゃうくらい
超久々な更新なのに、こんな暗い話題でスミマセン
でも、どうしても書かずにはいらんなくてよぅ〜

ハイ、ところでワタクシは元気です。相変わらず食べ歩いたり
街を徘徊してますw


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カタギ・スタイル

2012/03/28 11:42
バンコクで日本人の友達と話しているときにバンコクでの
俺の就職活動の話になり、その友達に「今いるのと
同じ業界で働きたいならその髪形はヤバイだろう」と
言われた。

言われるまで自分の髪型についてあらためて考えた
ことがなかったので、言われてみても別にどこがヤバイ
のかよくわからない。。

まぁ確かに男にしてはロン毛で茶パツというかほとんど
金髪みたいなカンジに別の茶系の色のハイライトが
入っている。よく考えると15年くらい前からこの髪型
なので(途中一時期黒髪ボウズだったことがあるが)、
もう俺の体の一部というカンジで全然意識することもない。

でもコレがダメなら社会人としてどんな髪型がいいんだろ、、?
と考えてみても、全然見当がつかない。よく考えたら、
周りにカタギの日本人の男がいない環境で育ったので、
あらためて言われてみるとどんなのがいわゆる一般
サラリーマンの髪型かわからないのだ。

子供の頃から周りにいた男たちはのは、黒人か日本人でも
黒人や白人とのMIXEDだったりまたはヤクザばっかりだww 
全然参考にならない。

最近一緒に遊ぶようになった日本人男性数名なら
いるが、ほとんどがアーティスト系だったりでいわゆる
サラリーマンはいない。

今働いている会社は日系企業なので俺の部署にはいないけど、
同じ建物の廊下には日本人男性サラリーマンもいて毎日
何人かとすれ違っているはずだが、彼らの容姿になんて
まったく興味を持ったことがないので注意を払って見たことがなく、
改めて思い出そうとしてもどんな髪型をしているか、全然わからない。。w

もう、いちいちめんどくせ〜な、髪型くらいで!!とも
思うが、憧れのバンコクで働くためなら多少の面倒も
ガマンできる。

と、いうわけで明日から、会社の日本人リーマンや
電車や街中で出会うアジア系リーマンをジックリ
観察してみようww 

観察の成果は実際に俺の髪型で!! ってかこんな
シャツを買ってるようぢゃ、いくら髪型ガンバッテも
ダメかな。。ww 

画像


去年から目を付けてたシャツ。メチャ欲しかったが
値切りに失敗し買わないで帰って来た。でもどうしても
諦め切れず、今年は値切れなくてもいいという気持ちで
行ったら、まだ同じシャツがあった上、今度はすんなり
値切れたww あ、モチロン、バンコクでのハナシ。MBKでw


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タイトル 日 時
最初の印象が肝心
以前、実家の組にいた若い衆でS君という人がいた。 当時の正確な年齢はわからないが、おそらく20歳前後 だったと思う。 ...続きを見る

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2012/03/17 12:52
ギャンブル・キット
ギャンブル・キット 博徒の血が騒ぐ〜?!www  ...続きを見る

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2012/03/13 09:02
やっとTATTOO雑誌が届く
やっとTATTOO雑誌が届く だいぶ前でもう正確にはいつだか忘れたが、 今年のいつか、俺の背中をやってくれた彫り師の 先生からの連絡で、TATTOO雑誌のモデルを やったということを書いた。 ...続きを見る

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2011/10/20 13:53
賭場の記憶
ヒトはどのくらい昔の記憶を覚えているモノなの だろうか? ...続きを見る

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2011/07/28 16:33
死ぬ時期
前回、友達と話した「死んだらどこで埋葬されたいか」と いう話をした時に、俺が「もうセネガルに墓がある」と 言ったら友達に「もうそんな先のことまで考えてる のか」と驚かれた&呆れられたと書いた。 ...続きを見る

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2011/07/26 11:50
カタギに囲まれる
以前、知り合いの日本人女性の送別会で カラオケに行ったら、その人の同僚の日本人の 若手サラリーマンたちがたくさんいたので、内心 ビビッて、メチャ緊張した。実際にはビビッたというの とは違うが、緊張したのは本当だ。 ...続きを見る

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2011/06/19 13:43
カミングアウト
こないだ職場で同僚に「YOU LOOK LIKE  YAKUZA」と言われた。つまり、「アンタ、ヤクザ みたいだな」と。 ...続きを見る

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2011/06/10 14:40
若い衆と英語
日本に住んでいた頃は、もちろんケータイ電話など なかったので、友達などは用があると自宅に電話を 掛けて来ていた。 ...続きを見る

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2011/06/04 11:30
名前のこと 〜ラストネーム編〜
ラストネームは、日本名だがあまり同じ苗字の人には 出会ったことがない。漢字自体は平凡な文字と読みだが、 それが組み合わさるとちょっと日本語離れした音になって しまうせいか、子供の頃から苗字を言うと何度も聞き返され たり、同世代の子供たちにミドルネーム同様、からかわれたり して、ただでさえ目立つ子供だったのに、また苗字で目立って しまうので、苗字を言うのがイヤだった。 ...続きを見る

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2011/06/03 13:44
ヤクザの家族がヤクザを名乗ったカタギに脅されるw
ヤクザの家族がヤクザを名乗ったカタギに脅されるw 今週末はFLEET WEEKなので、職場の窓から こんなモノが見えた。またカメラ忘れたので、同僚 から転送して貰った写真っす。 ...続きを見る

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2011/05/27 14:09
ヤクザがバレバレ?!
ついこないだ、会社から社員バッヂのようなモノを貰った。 「こんなん誰がつけるんだよ、、」と思っていたら、早速 つけている人に廊下で出くわし、本気でビックリしたw ...続きを見る

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2011/05/14 14:57
イモを○○?
イモを○○? あんまりビックリしたので、本題の前にちょっと PICをUPさしてくれ。 ...続きを見る

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2011/04/29 15:23
ヤクザ映画大会
ヤクザ映画大会 1ヶ月の休暇もあっというまに終わり(ホントにあっと いうまだった!)、とうとうNYに帰って来て更にあっと いうまに1ヶ月半くらい経ってしまった。 ...続きを見る

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2011/04/19 12:09
煉瓦(レンガ)の破片
煉瓦(レンガ)と言えば想い出すことがある。 ...続きを見る

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2011/04/12 11:22
本当に安全な場所
阪神大震災の時と今回でヤクザ組織の 食料や生活用品のストックの多さに 驚いたということはこないだ書いた。 ...続きを見る

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2011/04/10 12:07
パンと水
いつも実家の周りに何かがあると、遠くに いる俺に代わって近所にいる若い衆たちが 母のことを気に掛けていろいろしてくれると いうことは前にも書いた。今回もそんな彼らに 世話になった。 ...続きを見る

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2011/04/08 11:05
ヤクザの炊き出し
阪神大震災の時もそうだったが、今回の震災でも ヤクザが炊き出しをしたり、必要な救援物資を 配ったりしているという。 ...続きを見る

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2011/04/07 15:06
なにがあっても俺は俺
ここのところ、どこのBLOGやSNSでも 震災の話ばかりで、それ以外の話題を書く のははばかられるほどだ。それ以外の話題は 自粛しないといけないような雰囲気すらある。 俺の考えすぎもあるかも知れないが。 ...続きを見る

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2011/03/30 15:11
これから
前回の書き込みの最後で、実家の防弾シャッターを 閉めるかどうかに絡んで、抗争と地震の被害の どっちを取るか、みたいなことを書いたので「ヤクザの 勝手な抗争と、災害と一緒にするな!!」と不快に 思った人もいるかも知れない。 ...続きを見る

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2011/03/16 13:38
地震
タイから帰って1週間以上経つが、まだ時差ボケが 治らない。こないだも書いたが、タイとNYはつい こないだまでちょうど12時間の時差で、昼夜が 間逆なので余計だろう。この週末からNYは夏時間に なったので、時差は11時間になったが。 ...続きを見る

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2011/03/15 11:43
死ぬまでに会いたい人 その2
本日のトピックは、死ぬまでに会いたい人シリーズ、 第2弾だw ...続きを見る

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2011/02/03 17:45
義理も人情もナイ現実
こないだ話した87歳の元親分だが、彼は家族だけで なく、元の若い衆たちにも見放されている。組はとっくに 引退して若い者たちに任せているが、家族に見放された のを知っていても、元の若い衆たちも誰も彼の面倒を 見ない。義理や人情を重んじる、と思われているヤクザの 世界なのに?と不思議に思うかも知れないが、現実は こんなカンジだ。 ...続きを見る

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2011/02/02 13:37
87歳の元親分
昔、曽祖父の子分だった人で、もう87歳くらいに なる元親分の話。 ...続きを見る

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2011/01/31 02:56
死ぬまでに会いたい人 その1
昔は死ぬまでに1度は会いたい人というのが 何人かいた。 ...続きを見る

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2011/01/27 13:31
日本の正月 〜中・高生編〜
日本での正月の思い出、前回の小学生バージョンに続き、 中学・高校生バージョン。 ...続きを見る

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2011/01/24 01:55
振り込め詐欺
数年前、日本のMEDIAで「オレオレ詐欺」という 言葉を知ってから、母と電話をして切る時などに 冗談で「オレオレ詐欺に気をつけてな!」などと 言っていた。 ...続きを見る

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2011/01/19 13:16
日本の正月 〜.小学生編〜
こないだアメリカでの新年の様子を少し書いたが、 日本での正月の様子も書いてみよう。 ...続きを見る

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2011/01/16 08:27
気弱なヤツほど。。。?
約束通り、昨日の話の続き。 ...続きを見る

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2011/01/13 12:50
バック
バックと言ってもエロいハナシではないw いわゆる、トラブった時などの後ろ盾のことだ。 ...続きを見る

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2011/01/12 15:48
グーグル航空写真
今更だが、GOOGLEのSATELLITEがスゴイ!! 日本版だと「航空写真」となっているヤツだ。 ...続きを見る

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2011/01/11 01:52
冬の朝の着替え
数日前、大雪が降ったという話はこないだ書いた。 雪の日というのは、不思議なモノでそれほど寒くは 感じない。でも、その翌日以降がメチャ寒い。 ...続きを見る

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2010/12/30 04:01
雪 ホワイトクリスマスからは1日ずれてしまったが、 今日のNYは大雪だった。風も強く吹雪と 言ったほうがいいかもしれない。このような 状態が明日の午後まで続くらしい。 ...続きを見る

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2010/12/27 16:26
組員ガイド
またまた、大幅に更新をサボってしまっている。。 ...続きを見る

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2010/12/19 16:21
名前のこと 〜ファーストネーム編〜
俺の正式な名前は、ファーストネームが日本名で ミドルネームが英語名、ラストネームが日本名だ。 ...続きを見る

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2010/12/06 17:47
♪モデル体験♪
雑誌のモデルの依頼が来て、撮影に行って来た。 ...続きを見る

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2010/11/15 18:04
タイ旅行決定!!
毎年恒例のタイ家族旅行だが、来年の予定もいよいよ 本格的に決まった。 ...続きを見る

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2010/11/08 01:49
アメリカ版ポン引きvs日本版ヤクザ
アメリカ版ポン引きvs日本版ヤクザ 昔から今に至るまで、ウチの実家の職業を 知らない人たちにまで、俺のファッションセンスが ヤクザっぽい、またはチンピラっぽいと 言われて来たということはこないだ書いた。 ...続きを見る

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2010/11/07 02:21
遺伝子とファッション
俺は昔からウチの実家の職業を知らない人たち からも、持ち物(特にアクセサリーや時計)や ファッションがチンピラ、またはヤクザっぽいと よく言われてきた。 ...続きを見る

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2010/11/05 14:50
縁日
俺にとって「祭り」はビタースウィートwな想い出が つまっているということは以前、日本の地元の 祭りのハナシのところで少し書いた。(以前の記事 「祭り」参照) ...続きを見る

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2010/10/26 00:53
相撲や芸能とヤクザ
ちょっと前までNETの日本語SITEにつなぐたびに NEWS記事で、相撲業界の野球賭博や組関係者 との癒着問題が日本のMEDIAを賑わしていた。 俺からしたら、何を今更?!というカンジなんだ けど?? ...続きを見る

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2010/10/24 15:55
うれしいこと
今日はちょっと嬉しいことがあった。 ...続きを見る

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2010/10/20 13:49
母と俺と刺青と。
ついでに、もういっちょ刺青の話。 ...続きを見る

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2010/09/29 13:51
現代任侠事情 〜刺青編〜
アメリカではずいぶん前からTATTOOが人気だ。 老若男女、人種や職業を問わず、ファッションで 入れている人をたくさん見かける。 ...続きを見る

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2010/09/25 09:10
福引き
今まで、バクチというものをほとんど打ったことが ないとこないだ書いた。理由は特になく、ただ 興味とチャンスがなかっただけなのだが、もしか したら子供の頃の経験がトラウマになっているの かも知れない。 ...続きを見る

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2010/09/10 11:10
組のシノギはガムシロップ
日本にはフツーにあるモノでアメリカにはないものに ガムシロップがある。かなり有名で古い話題なので、 それが当たり前になって俺もずっと意識することさえ なかったのだが、最近、日本から来た友達とカフェに 入ってガムシロがないことに驚いていたので、そういえば   そうだったなと思い出した。ガムシロと言えば、もうちょっとの ところでうちの組のシノギがガムシロップになりそうなことが あった。 ...続きを見る

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2010/08/23 01:26
親の権力をカサにきる
親の権力を自分のモノと勘違いして むやみに威張ったりするヤツはヤクザの 世界に限らずどこにでもいる。そういうヤツに 限って、その親は少しは大物かも知れないが 超大物なことはまずない。 ...続きを見る

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2010/08/18 11:48
渡る世間は盆ばかり
最近NETにONすると「お盆」とか「お盆休み」と いう文字をよくみかけるような気がする。 ...続きを見る

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2010/08/17 12:21
自転車のベル
父がまだ任侠の世界にいた頃、父は外から帰ってくると 家の門の側に置いてあった俺の子供用チャリのベルを 鳴らして帰って来たことを家の中にいる俺(&母)に 知らせてくれた。チリチリ鳴るベルではなく、幼児用の 自転車に付いているボタンのようなモノを押すと 「プーッ」と鳴るタイプのモノだ。 ...続きを見る

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2010/08/03 14:10
菓子作り
小学生の時、菓子作りにハマっていた時期があった。 もともとチョコレートや生クリームなどの甘いモノ(あんこや あずきなどの和菓子系は抜かす)が好きだったこともあるが、 その頃、気になっていた女の子が菓子作りが好きで、 その子と仲良くなりたかった&共通の話題が欲しかった というのがメインの理由だった。 ...続きを見る

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2010/08/01 00:42
夏休みの想い出 〜日記編〜
ささやかな楽しい日本の夏の想い出も新学期が始まると 例の担任教師によってイヤな想い出と重ねられてしまった。 ...続きを見る

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2010/07/28 12:54
夏休みの想い出 〜手伝い編〜
小学校の頃は学校が楽しくなかったため、学校から長く 離れられる夏休みは唯一の楽しみだった。その学校の 夏休みは2ヶ月くらいと普通より長かったので、夏休み いっぱいハワイで過ごす年もあった。 ...続きを見る

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2010/07/26 13:24
レモン風呂
付属小学校では例の担任の教師以外からも、 俺が黒人とのクォーターと知ってか知らずか、 「色が黒すぎるのでレモンで体をこすって色を 白くしてこい」とか言われたりした。←ホントの ハナシですww 担任教師ももちろん俺を かばってはくれなかった。それどころか俺に 聴こえているにも関わらず、他の教師たちと一緒に なって、俺の肌の色が一般より黒いことを非難する ような発言や、普段の俺の言動が他の子たちと 少し違っていることなどを言い立てていた。廊下での 出来事だったので、俺はロッカーの... ...続きを見る

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2010/07/24 13:55
プール
ここんとこNYは暑い日が続いている。 しかも暑いだけぢゃなく、時々大雨が降ったりも している。1−2時間でやむようなヤツだけど。 とにかく連日90Fを越す暑さだ。℃だとどの位だろう? ...続きを見る

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2010/07/22 11:01
ミスター・オジキがいっぱい
日本で1番多い苗字はなんだろう? ...続きを見る

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2010/07/20 11:53
小遣い
小学生の頃、日本に住んでいるときでも、小遣いを週ぎめで 貰っていた。 ...続きを見る

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2010/07/17 14:33
席替え
日本の付属小学校での席替えで、当時からおしゃべりで 特に同世代の子供たちより、大人と絡むことのほうが 得意だった俺は、教師たちと気軽に会話しやすい1番前の席に 座りたかった。なのでその席替えで1番後ろになったときカナリ がっかりした。 ...続きを見る

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2010/07/16 12:13
屋形船で花火
花火大会の話題をまだ引っ張る、引っ張るww 我ながらそんな自分に驚いている。 ...続きを見る

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2010/07/15 13:23
ヒモ
日本の小学校に入るまで、スニーカーの紐や エプロンの紐などを結ぶことができなかった。 ...続きを見る

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2010/07/13 11:20
ヤクザの息子はバカ?!
普通、こういう稼業のウチの子供は男の子なら 「ボン(坊)」とか「ワカ(若)」、女の子であれば 「お嬢」と周りから呼ばれることが多い。 ...続きを見る

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2010/07/09 14:08
祭りのあと
今日は日本では七夕か。日本も本格的に花火や 祭りの季節になっていそうだ。 ...続きを見る

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2010/07/07 13:19
でゎ、本当のガラス割り事件を
昨日UPした「ガラス割り事件」はタダの 子供同士のトラブルだったので拍子抜けした 人もいるかも知れない。なのでもうイッチョ追加。 ...続きを見る

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2010/06/24 07:59
ガラス割り事件
よく組同士の抗争で、相手の事務所や自宅に 発砲し、ガラスを割ることを「ガラス割り」と言う。 ほとんどの場合、相手がケガをすることはないし、 割れたガラス以外被害はないので、ただの脅しや ヤル気がない抗争で手打ちになるまでの時間稼ぎ*注1)に 使うことが多い手だ。 ...続きを見る

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2010/06/23 14:09
今のウチの組
当時のうちの組の若い衆たちや周りの組の人たちの 多くが、今では引退したり、亡くなったりしている。 中には長期の懲役に行っている人や、破門や 絶縁処分になった人もいる。俺が子供の頃、 部屋住みとしてウチに住んでいた人たちは、 他の若い衆たちに比べて、当時まだカナリ 若かったので、今もまだ現役バリバリの世代だ。 そして当時スデにけっこう年齢がいっていた 若い衆たちの中にも、まだまだ現役でがんばってる 人たちもいる。でも今ではその次の世代が 跡目を継いで、組を切り盛りしていることが... ...続きを見る

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2010/06/21 16:10
癒しグッズ
随分前からアメリカでも日本でも「癒し」関係のモノが 流行っているようだ。人によってそれぞれ癒される アイテムは違うだろうが、それは幼い頃から慣れ 親しんだ馴染み深いモノであったり、場合によっては 全く新しいモノであるコトもあるだろう。 ...続きを見る

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2010/06/18 11:34
クレジットカードは宵越しの金
クレジットカード大国であるアメリカを 行き来していた割には、母は長いこと クレジットカードを持っていなかった。 ...続きを見る

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2010/06/15 13:09
民族衣装
俺は民族衣装が好きだ。日本やアメリカのに限らず、 どこの国のでも。ってかアメリカの民族衣装ってどんなか 知らんが、、。 ...続きを見る

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2010/06/13 12:58
ケンカ
NYに住むようになってから、時々若者の集団に ケンカを売られることがあった。そういう時に 限って、1人でいるときばかりだ。まあむこうは そういう時を狙っているのだろう。 ...続きを見る

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2010/06/09 12:14
オトナのハナシ
ひとりっこで大人に囲まれて育ったせいか ひとなつっこい弟キャラの性格のせいか、 子供の頃からけっこう大人にかわいがられ、 大人の話にクビを突っ込んでいっぱしの意見を 言うのが好きだった。 ...続きを見る

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2010/06/08 00:31
力仕事
力仕事が苦手だ。 ...続きを見る

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2010/05/30 14:58
三つ子の魂は唐獅子牡丹
前にも書いたが母は俺の時代よりも更にうちの組が 華やかだった頃に渡世人の家の娘として生まれ、 やはり渡世人だった父と知り合って結婚した。 ...続きを見る

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2010/05/25 15:08
(REVISED)いつかの俺へ
数日前にこの文UPしたけど、今読み返したら イマイチ意味わからんカンジだったので、ちょっと 再編してみました。それでもやっぱりまだ意味 わからんかもだけどw。。 まぁ、気を取り直して!  ...続きを見る

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2010/05/18 00:47
祭り
この週末は、俺の日本の地元からそう遠くないところで、 デカイ祭りが行われている。日本の三大祭と言われているものには 入っていないが、人々の中にはそのうちの1つだと勘違い している人もいるくらい全国的にも大きい祭りだ。主に その街の町会の人々が神輿(みこし)を担ぐとはいえ、 うちの近所からも常連の参加者や見物客は多いはずなので、 俺の地元も盛り上がっているだろう。 ...続きを見る

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2010/05/14 12:31
どこでもドア
子供の頃の一時期、ドラえもんの“どこでもドア”が 俺のうちにもあると、本気で信じていたことがあった。 ...続きを見る

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2010/05/10 04:16
母の時代と俺の時代
母の時代は、家に部屋住みの若衆が10人以上いて、 それぞれが奥さんや時には子供たちも一緒に母の 実家に住んでいた。家事は母の祖母である曾祖母と 奥さんたちでやっていた。賭場もしょっちゅう開かれて いて、カナリ華やかな時代だったのだろう。 ...続きを見る

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2010/05/09 01:32
カモフラージュ 1+1=0
カモフラージュの服が好きでたくさん持っている。 Tシャツにはじまり、ジャケット、カーゴパンツ数枚、 帽子に靴下、バンダナ、スニーカー、カバン、下着の パンツも何枚かある。他にも今急に思いつかないだけで、 まだまだありそうだ。 ...続きを見る

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2010/05/05 15:07
遺伝しなかったこと
今、仕事から帰って洗濯に行っている。 待っている間にBLOGをUP ...続きを見る

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2010/05/04 13:26
俺のこと
自分はイッタイ何者だろう? ...続きを見る

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2010/05/03 17:49
やかん部
子供の頃、曾祖母と若い衆たち+近所の子供たちで 近くの公立中学の運動会を見に行ったことがある。 その辺一帯の住人がたくさん見学に来ていたため、 見物人同士で久しぶりに会う顔も多く、曾祖母や 若い衆たちを含め、皆、食べたり飲んだりおしゃべり したりに忙しく、いつのまにか競技見学よりもそっちの ほうが中心になっていた。 そのうち、運動会のメインイベントであるクラス対抗の リレーが始まった。つまみ食いやおしゃべりに夢中に なっていた見物人たちもこの時ばかりは中央のトラックに ... ...続きを見る

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2010/05/02 16:19
アメリカと大学と別荘
今日のタイトル「アメリカ」と「大学」と「別荘」と いう単語をみて、普通は何を思い浮かべるだろうか? ...続きを見る

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2010/04/30 13:06
年下の姉
子供の頃のイヤな、だけど今なら笑える記憶<その1> 〜勘違いでキレるの巻!〜 ...続きを見る

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2010/04/28 14:37
トイレを舐める。
さて、よくヤクザ関係のマンガや映画などにある、 新入りの若いモンが兄貴分に、 「トイレは舐められるくらいキレイにしろ!」 と教育されているというのは本当か?! ...続きを見る

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2010/04/27 11:36
でゎ早速、チカヅキの仁義。
そちらのオアニィサンもこちらのオアネェサンも、WEB上の仁義、 失礼とは存じますが、お控えください。 ...続きを見る

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2010/04/26 06:07

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